2014年 04月 26日
日本一わかりやす鍼灸のお話 その3 |
ついに、出合いました!
「日本一わかりやすい鍼灸のお話」の本に。
以下、その内容をつづってみますので最後までお付き合いください。
≪3部構成≫になっています。本章はその3。
目からウロコですよ。
≪古典以前に還れ≫
古典以前に還れ!とは、昭和初期活躍した鍼灸界の大御所、
柳谷素霊のあまりに有名なセリフだ。
柳谷素霊を中心に、当時鍼灸界の気鋭の名士によって昭和16年、
古典に基づいてついに完成されたとする、経絡治療が発表された。
まず、ここで言う古典は、
古代中国易学経の医書、黄帝内経、素問、霊枢をいっている。
その古典記述を引用した六部定位脈診で病を診断し、
陰陽五行という、要は大昔の中国の易学に基づいて配当された
経絡経穴を、いろんな取り決めをもとに鍼灸を行うものだ。
経穴はツボの事で、経絡はツボとツボのつながりのラインをいう。
そのラインである経絡を、気血が廻っていて、その不調和が
病の元だから、経絡の気の流れをスムーズにして経絡のバランス
をとれば病は消え、健康になるという理論である。
この経絡治療こそ、鍼灸術の本道にして究極の完成された
東洋医学であるという。
ちなみに、経穴(ツボ)は365穴、経絡は12本。
これは、1年が235日で12ヶ月だから、だそうだ。
六部定位脈診は、両手首の脈の状態のみで六臓六腑の内臓の状態が
全てわかってしまうという診療術である。
まず、ここらからわからなければ何も始まらないという。
これは、鍼灸学校でも必須科目として暗記しなくてはならないし、
国家試験にも出題される。
全て暗記するのはメンドウな学科だった。
鍼灸学校の先生は、これは鍼灸の歴史であり、文化でもあるので
必要な知識だと言われた。
ただ、そのまま治療に使うことについては、
「信じる、信じないはあなた次第です。」といったもので、
最後まで曖昧模糊であった。
そんなファジーなことを言われたって、学生である私には判断力がない。
だから、学生3年間熱心に経絡治療の学術団体で毎月欠かさず
経絡治療を学んでみた。
私の結論だけ述べると、これは“信仰的治療”であると思った。
唯し、プラセボ効果を除いても、経絡治療の治療効果はある。
昔、中国で一世風靡したであろう陰陽五行説という易で
鍼灸を無理やりまるめこんだものだから矛盾だらけのヘンテコリンな
遺産を抱え込んだまま、現代に至っている。
経絡治療は、今後何らかの科学的根拠が求められると思う。
経絡治療の考え方はおおいに問題を感じるが、経絡治療の効果と
そのメカニズムは、やはりおもしろいものがある。
経絡治療が完成したという昭和16年といえば、ABCD包囲網の中、
大東亜戦争開戦の年である。
国威発揚、国家護持と、より日本的、より東洋的なものを見直そう
というナショナリズムな時代背景もあったのだろうか。
私は、中国の古典黄帝内経はあくまで現代医学の眼で検証すべきであって、
信仰的観念論はやはり排除すべきであると思う。
はっきり申し上げて、本当、あまりに鍼灸が単純にして簡易なわりには
効きすぎるので、これじゃカッコつかないと、わざと難しくして神秘の
ベールに包みこもうと画策したんじゃないかと勘ぐりたくなるのは
私だけだろうか。
それには、大昔の易経という中国からの舶来書を登場させるのがうってつけ
である。どの国民も舶来物には弱い。
しかも、難解ときている。やはり、うってつけである。
大体が易経であるから、易占いも含まれる。
私には六部定位脈診が筮竹(ぜいちく・易占いをするとき用いるハシのようなもの)
を連想させる。
もっと言えば、気や経絡とともに経穴(ツボ)も科学的根拠がない。
患者さんの前では暗号みたいでカッコつけられるし、便利だから私も
体の地図として経穴(ツボ)は使うが。
要は、その時々の体表の変化、圧痛、硬結等が先にある。
その後、易経により経穴(ツボ)が定められている。
「古典とは、長い風雪に耐えぬいたのだから真実なのだ。」良く聞く言葉だ。
でも、数千年の風雪に耐え抜いた迷信や偏見はいくらでもある。
今の私は、この古典的なマインドコントロール(洗脳)から解放されつつある
日々である。
だから、私は声を大にして叫びたい。
“古典以前に還れ!”と。
「国境なき鍼灸術」の題名には、実はこだわりがある。
それは・・・。
去年のことだが、九州の山中にて国境なき医師団のミッションで
世界最悪ともいわれる内戦が続くソマリアから帰国したばかりの日本人看護師
女性30代後半くらいか?と膝を交えてお話する機会があった。
私は、命がけでの現場で大変な仕事を博愛精神でもってつらぬかれる内容に、
威厳さえ感じてしまった。
「また行くんですか?」と言うと、
「世界中あらゆる地域の要請に応じます。」と答えられ、
その凛とした面持ちに私は恐れ入ってしまった。
彼女によると、国境なき医師団はフランスに本部を置き、
すべて全世界からの寄付で運営されているそうだ。
我が国においても「常に医療スタッフのメンバーを募集しているよ。」
と言われた。
「じゃあ、鍼灸師は?」と尋ねると、
「そういえば鍼灸師の募集はないわね。」続けて、
「鍼灸は私たちの現場でどのような対応が出来るのですか?」
と尋ねられ、私は言葉に詰まってしまった。
以来、このことがいつも私の頭の片隅にある。
我々鍼灸治療を行う者は、鍼灸が未だ現代医学の外にある
代替医療の範疇として取り上げられる事に忸怩たる思いがある。
全世界が等しく認める国境なき医師団で鍼灸がなくてはならぬ医療手段
として取り入れられたなら。
その時こそ、国際社会から、現代医学界から、鍼灸が問答無用の承認を
獲得する機会到来、鍼灸の歴史的一大事ではないだろうか。
我々鍼灸を生業とする者が、越えなければならないハードルがここにある。
以来、九州の田舎で気分は勝手に“国境なき医師団”のなくてはならない
メンバーだ!九州とアフリカの違いじゃないか!などと勝手なことを思い
ながら治療をしている。
前述のように、私の開業する田舎でも病院はあふれるほどある。
医師団だらけだ。
そんな中でも開業鍼灸師は患者さんに求められ続けている事実がある。
難しい症状の患者さんを前に鍼灸師は日々対応し、
結果を出すことで存在している。
現実になくてはならなない医療手段ではないか。
これが、もとだ式国境なき鍼灸術と題した私のこだわりだ。
古典以前に還れ!「国境なき鍼灸術」 元田英明著 より
養生の灸 津屋崎千軒鍼灸院
by ts-shinkyuin
| 2014-04-26 12:38